— 横浜まのあ鍼灸院の想い —
MISSION
どこに行っても治らず、改善を諦めてしまった人に、もう一度「自分らしく生きる希望」を届ける。
VISION
痛みで諦めていたことが、またできる。そんな未来を一緒に目指す治療院。
VALUE
・症状の改善だけでなく日常の中にある原因まで丁寧に聞き出す。
・患者さんが安心してリラックスできる空間をつくる。
ご挨拶
横浜まのあ鍼灸院の廣田と申します。この度は当サイトを訪れていただきありがとうございます。
治療院の名前「横浜まのあ鍼灸院」は大好きな横浜と、ハワイのマノアの滝から名付けました。


施術者プロフィール
廣田聡美(ひろたさとみ)
1971年新潟県十日町市出身
はり師・きゅう師国家資格取得。筑波大学理療科教員養成施設臨床部にて研修。股関節痛・慢性疼痛を専門。

【北京堂創設者の浅野周先生と】
50歳で国家資格を取得し、鍼灸師になる前となった後の人生が大きく変わりました。
興味のある方はブログ記事にもまとめていますので、下記の経歴やブログをご覧ください。



鍼灸師になる前と後
鍼灸師になる前
20代〜30代前半は、新潟の実家を拠点に国内外を転々としていました。
それぞれの時代を簡単に下記にまとめてみました。
- NZ時代(1997年):ワーキングホリデーでJTB現地ガイドとして勤務。滞在中に1年かけて自家用飛行機の免許を取得。
- アメリカ時代(1999年):フロリダのディズニーワールド・エプコットの三越レストランにて1年間勤務。契約終了後、フロリダからLAまで1ヶ月レンタカーでアメリカを横断。
- ドバイ時代(2002年):ホテルや旅行会社にて勤務。湾岸戦争勃発に合わせて帰国。
- 地元(〜2007年):リゾートホテルで予約やフロント業務を5年。
- 横浜〜大阪〜東京(2012年〜):Webマーケティング会社に11年間勤務。
鍼灸師になったキッカケ
元々体の状態が悪く、20代の頃からマッサージや鍼治療を受けていました。
45才のときにギックリ腰や頚椎ヘルニアなどを経て健康の大切さを思い知り、それと同時に『人間の体』について何も知らないことに気づきました。
もしカラダについて学べたら自分自身をケアできると考え、また鍼灸師は元々盲目の方の職業であることから「たとえ目が見えなくなっても仕事ができる」と思ったことが、鍼灸の道を選んだ理由です。
鍼灸師になった後
- 2022年:国家資格を取得
- 2022〜2023年:東京都文京区・筑波大学理療臨床部にて研修生として学ぶ
- 2024年6〜12月:Marella Explorer にてクルーズ船鍼灸師(1回目の契約)
- 2025年2月:北京堂創設者・浅野周先生の元で研修(埼玉県ふじみ野市)
- 2025年3〜9月:Diamond Princess にてクルーズ船鍼灸師(2回目の契約)
- 2025年10月〜2026年3月:沖縄県・北京堂首里にて伊集先生の元で研修生として勤務
- 2026年5月〜:横浜にて開業
現在も北京堂横浜にて見学をさせていただいており、師匠や先輩方には大変お世話になっております。ご迷惑をおかけすることのないよう、日々精進してまいります。
趣味
旅行、ドライブ、映画・ドラマ鑑賞、カラオケ、猫と遊ぶなど。
もはや「趣味」と言えるくらい引越しも数多く…ほぼ2年ごとに繰り返す自称・引越し貧乏です笑
引越し履歴
自称「引越し貧乏」と語るくらいなので、実家を出た後、どのくらい引越したかをまとめてみましたw
ただの忘備録です(笑)
2007年 新潟→横浜仲町台→横浜山手
2008年 横浜山手→横浜石川町
2012年 横浜石川町→大阪京橋
2014年 大阪京橋→大阪枚方
2015年 大阪枚方→横浜石川町
2016年 横浜石川町→横浜みなとみらい
2018年 横浜みなとみらい→東京池袋
2019年 東京池袋→東京茗荷谷
2023年 東京茗荷谷→横浜馬車道
2024年 横浜馬車道から契約解除する際に全ての家財を手放し、実家に戻る
2026年5月〜横浜元町・中華街駅にて開業
