薬を手に取ろうとして、ふと手が止まることはないでしょうか。
頭が痛い。肩が重い。腰がだるい。でも、また飲んだら飲み続けることになりそうで、どこかで区切りをつけたい気持ちもある。副作用のことが頭をよぎって、でも痛みはそのままで、結局どうすればいいかわからなくなる。
「薬が怖い」も「痛みは辛い」も、どちらも本当のことです。
その板挟みで立ち止まっているなら、この記事はあなたのために書きました。答えを急ぐ前に、少しだけ「問いの立て方」を変えてみたいと思います。鍼灸師として、そこからお伝えしたいことがあります。
「副作用が怖い」という感覚は、正しい
副作用への不安を「考えすぎだ」と言う人がいるかもしれません。でも私はそうは思いません。
薬は確かに症状を和らげてくれます。頭痛が引いて、動ける。肩の重さが取れて、眠れる。それは本当に助かることですし、薬がある意味はそこにあります。
一方で、体に何かを継続して入れることへの違和感も、正直な感覚だと思います。「なるべく自然な形でいたい」「できれば薬に頼らず過ごしたい」という気持ちは、体が何かを感じ取っているサインかもしれません。
その感覚を、否定しなくていいと思います。
ただ、「だから薬を飲まなければいい」という単純な話でもないのが、この問題の難しいところです。
それでも痛みは辛い——どちらも本当のことです
痛みは、体にとってのストレスです。
頭痛を抱えたまま仕事をする。肩こりで眠れない夜が続く。腰が痛くて前かがみになれない。「副作用が怖いから」と痛みに耐え続けることが、必ずしも体に良いわけではありません。痛みそのものが、体を消耗させていきます。
「飲む」も「飲まずに我慢する」も、どちらも完全な答えではないのです。
ではなぜ、こんな板挟みに陥ってしまうのでしょうか。「薬を飲むか飲まないか」という問いの立て方のまま考えているからではないかと、私は思っています。その問いを少し変えると、別の景色が見えてきます。
薬を飲んでも繰り返すのは、別の場所に原因があるから
頭痛薬を飲んで頭痛が引く。湿布を貼って肩が楽になる。では、なぜそれが繰り返すのでしょうか。
薬が効いていないわけではありません。症状は確かに止まっています。でも一週間後、一ヶ月後にまた同じ痛みが来る。
それは、「症状を止めること」と「症状が出ない体をつくること」が、まったく別の話だからです。
薬が届くのは「今この瞬間の症状」です。それは薬本来の役割であり、そこに問題はありません。ただ、体の奥にある「繰り返す原因」には届いていません。だから、同じ引き金を引いたとき、また症状が出てくるのです。
薬の問題ではなく、届く場所の問題です。
頭痛が繰り返す方の多くは、首や肩の深部に慢性的に硬くなっている筋肉を抱えています。その筋肉が血流を妨げ、神経を圧迫し、頭痛という形で症状を出します。痛み止めは「出てきた頭痛」を抑えますが、深部の筋肉の硬さには何も働きかけません。だから、同じ条件が揃えばまた頭痛が来てしまう。
繰り返す理由は、そこにあります。
北京堂浅野式鍼灸が触るのは、そこではない
横浜まのあ鍼灸院では、北京堂浅野式という鍼灸を行っています。
この治療スタイルは、「経絡」や「ツボ」を起点にしません。まず触診から始まります。指で実際に筋肉を押し、「ここが痛いですか」と確認しながら、症状の根にある筋肉を特定していきます。感覚や問診だけでなく、触れて、押して、体の反応を直接確かめます。
たとえば肩こり。表面を揉んでも楽にならない理由は、原因が深いところにあるからです。肩甲下筋や斜角筋といった、通常のマッサージでは届かない深部の筋肉が硬くなっていることが多いのです。そこに向かって、鍼をしっかりと刺していきます。首や背中では3〜5センチほど入ることもあります。
鍼が正しい場所に届いたとき、「ズシーン」という独特の響きが体の中で起きます。これを「得気(とっき)」と呼びます。痛みとは違う、深いところに何かが届いた感覚です。「あ、そこです」と思わず声が出る方も多くいらっしゃいます。
治療後は正直にお伝えしています。2〜3日、筋肉痛のような感覚が出ることがあります。深部に鍼が働きかけた反応です。「悪化したのでは」と不安になる方もいらっしゃいますが、そうではありません。それを過ぎると、それまでとは違う軽さがやってきます。凝りが筋肉痛に変わり、筋肉痛がほぐれていく。そういう順番で、体は変わっていきます。
薬では届かない場所に、鍼は届きます。それが北京堂浅野式鍼灸のやっていることです。
どちらも我慢しなくていい、という選択
「薬が怖い」と「痛みは辛い」の板挟みにいる方に伝えたいのは、「薬をやめなさい」ではありません。
医師が処方した薬や、今受けている治療は続けてください。体のことは必ず主治医に相談したうえで判断してください。
ただ、薬で症状を抑えながら、同時に「繰り返さない体をつくる」方向へ進むことはできます。それが、補完医療としての鍼灸の役割だと私は考えています。
どちらかを選ばなくていいのです。「症状を止める手段」と「体を整える手段」は、並走できます。
「薬に頼らない体になりたい」という望みは、薬を否定することではありません。繰り返さない体をつくっていくことで、自然にそこへ近づいていきます。その道を、鍼灸は一緒に歩めます。
薬を手に取ろうとして、ふと手が止まる。
あの感覚は、弱さでも過剰反応でもなかったのだと、今は思っています。体が「別の方法があるかもしれない」と、静かに問いかけていたのかもしれません。
その問いに、向き合える場所でありたいと思っています。横浜まのあ鍼灸院は、そう願っています。

